優しい世界

こんばんは、かえるです!

12/14、今日は「南極の日」です。

1911年のこの日、ノルウェーの探検家、

アムンゼンと4人の隊員が人類で初めて南極点に到着したそうです。

寒そうですね笑

でも旅好きとしては行ってみたい所の一つです。

ペンギンと戯れたいですね。

自分と他人は違う人間である

色んな場合にこのフレーズを使いますが、

今日は辛かった思い出の教訓を書こうと思います。

親しい相手なのですが

過去にとても嫌な思いをさせられて、

ただ、本人に謝ると言われたのですが

その当人は

謝る内容もわからなければ

なんでそんなに怒っているのかもわからないのです。

だから素直になんでそんなふうに怒っているのか聞いて来るのですが

こっちは覚えていないことに腹を立ててしまい話にならないのです。

このようにどんなに酷いことをしてもやった方は忘れてしまい、

やられた方は根に持って忘れられないのかと思います。

自分と他人は違う人間だからです。

かえるも真っ当な人間ではないので、

多分知らない間に誰かを傷つけています。

基本的誰かを傷つけたり、傷つけられたりするのが嫌いな人間ですが

それでも、生きている以上、他人と関わる社会に生きる以上、

知らない間に傷つけているかも知れないのです。

自分と他人は違う人間なので、どこで他人が傷つくのか、

そのポイントがわからない事もあります。

どうすれば良いでしょう?

かえるも確かな答えはありませんが

こんな考え方はどうでしょう。

伝えられる関係、気にしない性格

1つ目は

嫌な事を相手に伝えられる関係を作るです。

相手に嫌なことを伝えようとしても関係性ができていないと

嫌なことを伝えられないかも知れません。

関係性作る事、自分を知ってもらう事で

少しでも他人で有る、友人などがあなたの好きなこと

嫌いな事を知ってくれていれば

お互いに傷つけずに良い関係が作れますよね。

2つ目は

自分と他人は違う人間で有ることを前提に置き、

相手の言うことを気にしない事です。

これができれば生きやすいのかなとは思いますが、

これには弊害もあると思います。

話を流しすぎてしまったり、

感情が込められなくなるという弊害が考えられそうです。

まとめ

人を傷つけずに生きれたら良いのですが、

自分ではない、不特定多数の他人と関わるため

どのように傷つけているかわかりませんよね。

気にしすぎても生活は難しいです。

少なくとも、自分だったらこれは嫌だなということは

他人にせず生きて行けたらと思います。

また、他人からやられて嫌だった事は同じ事を他人にしないのも

大切だと思います。

かえるもまだまだ未熟物です。

意見いただけたら嬉しいです。

みんなで優しい世界を作って行けたらいいですね。

それでは、今日はこのへんで。

けろけろ!

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